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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

紫式部はアヒル座りをしていた!?

今年の大河ドラマは、紫式部の話らしい。

私はテレビを持っていないし、
どうせ、もし紫式部が現代人の価値観で生きていたら、
というコンセプトで描かれているだけなので、
観たいとは思わない。

が、ここで取り上げたのは、
平安時代の女性の座り方が気になったからだ。

ドラマの中ではどうなっているのだろうか…。

 

正座は室町時代以降のことだから、平安時代は正座ではない。

では、どんな座り方をしていたのか。

定説では、朝鮮半島の文化を模倣した立膝だったということらしい。

本当にそうなのだろうか?

確かに時と場合によっては立膝で座る場合もあるだろう。

しかし普段、ずっと立膝で座っていたとは思えない。

 

十二単を着るときは長袴をはいている。

十二単

長袴は、忠臣蔵の浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかる場面で、
両者がはいているヤツでもある。

殿中

長袴は両手で腿のあたりを持ち上げ、ゆっくり慎重に歩くか、
すり足でソロソロ歩かないとコケる。

なんでそんな面倒なものをはかせるのか?

忠臣蔵の時代は、江戸城内で暴れることができないようにするためだった。

で、長袴だと、座るときは正座になる。

長袴で胡坐座りをすると、
立ち上がるときにからまってコケる危険があるからだ。

だから正座をするしかないのだ。

私は以前、貸衣装で長袴をはいてみたことがあり、そのとき、実感した。

 

平安時代の十二単を着る女性も、
浅野内匠頭や吉良上野介がはいたような長袴をはいている。

とすると、胡坐や片足を前に持ってきて立膝で座るのは、かなり大変なことだ。

立膝から立ち上がるには、袴を踏んでコケないように、細心の注意が必要だ。

正座なら、そのまますっと立てば問題ない。

 

そこで私はハタと気づいた。

十二単を着ていた平安時代の正式な座り方は、アヒル座りだったのではないかと。

女の子座り、おばあちゃん座りなどとも呼ばれる、女性ならではの座り方で、
正座の両足を身体の外側に離して、お尻をペタッと床につける座り方だ。

男性は、股関節の関係で、ほぼ不可能な座り方である。

このアヒル座りならば、正座と同じように、そのまますっと立ち上がれる。

 

現代でも、女性はアヒル座りで長時間平気で座っている。

田舎のおばちゃん、ひとり部屋で寛ぐOL、繁華街で地べたに座るJK…。

漸く座れるようになったばかりの女の子も、
誰に教わるとなく、アヒル座りをしていることがよくある。

ただ、アヒル座りは下品だからダメ!
と叱る母親も、ときどき居るようだ…。

なんで下品なのか、私はわからないが、
あるいは、男性ができない座り方は下品だ、男性に合わせろ!
という男尊女卑の考えなのかな?

 

が、それはともかく、
寡聞にして、アヒル座りの歴史を研究している人を、
私は知らない。

検索しても出て来ない

しかし女性にとっては、当たり前の座り方だから、
有史以前から、アヒル座りをしていたはずだ。

とすると、
十二単の長袴も、アヒル座りを前提に作られたのではないだろうか。

当時の男性にしても、普段は胡坐とかではなく、
両足を前でくの字に曲げて足の裏を合わせて座る、
楽座と呼ばれる赤ちゃん座りのような座り方をしていた、
というのが定説である。

現代で赤ちゃん座りをする大人は、
太っていて胡坐もかけないお相撲さんくらいだが、
平安時代はまだ、座り方についてのこだわりはなく、
男女共に生まれつきの自然な座り方をしていたのではないだろうか。

男性は自然な赤ちゃん座りをして、
女性は胡坐や立膝など、不自然な座り方をしていた、
なんてことはないはずだ。

まして、胡坐や立膝前提ならば、男性用の袴と同じように、
立つときにコケないよう短くすると思うのだが…。

とにかく平安時代の女性は、
女性にとって最も自然な座り方のアヒル座りをしていた、
と、私は思うのだが…。

令和6年(2684年)1月31日

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