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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

風天小畜

09 風天小畜(ふうてんしょうちく)
fuuten.gif小畜 乾下巽上(けんか そんじょう)

八卦のkenten-n.gif乾(けん)の上に、sonfuu-n.gif巽(そん)を重ねた形。

小畜は、少し止まる、少し蓄える、という意。
小をもって大を止めるということではない。
そもそもこの卦は、巽の柔順微弱な者が、乾の剛健にして邁進する者を止める様子であるが、どうすれば、柔順微弱な下卦が剛健に邁進する上卦を止められようか。
目の前で行く手を邪魔しても、所詮は微弱なのだから、無理である。
とすると、ひたすら巽順しながら上卦をなだめ静めて、止まるようお願いするしかない。
しかしそれでは、少し止めることはできても、大きく止めることはできない。
だから、小畜と名付けられた。
また、乾を天とし、巽を風とすれば、巽風が乾天の上にあって、日月星が地に落ちないよう畜めている様子。
古は、天の上を吹く風により日月星は動き、地に落ちないのだと、考えていたらしい。
だから、小畜と名付けられた。
また、六四の一陰が宰相執政の位にあって、上下五陽の進むのを止める様子とすれば、次のように解釈できる。
宰相の任は、下は万民の罪悪に進むのを制し止め、上は君上の不善に進もうとするのを諫め止めるべきものである。
しかし、たった一人で億兆万民を制し、臣下をもって君上の過ちを諫めることは、いささか無理である。
少しは止めることはできても、大いに止めることは不可能である。
だから、小畜と名付けられた。

卦辞
小畜、亨、密雲不雨、自我西郊、
小畜は、亨(とお)る、密雲(みつうん)すれども不(いま)だ雨(あめ)ふらず、我(わ)が西郊(せいこう)よりす、

※ 不は未と同義。

小畜は止めるということだが、一陰の六四が心を尽くして五陽を止め得れば、陰陽の情は相和し、双方の思いは亨通する。
だから、小畜は亨る、という。
密雲とは、陰雲が隙間なく覆っている様子。
不雨は、まだ雨が降らない、ということ。
雨は陰陽の調和を意味する。
この卦は、巽陰卦が上にあり、乾陽の進むを止める様子だが、陰気が陽気を止めるというのは、陰が陽に対して何らかのアクションを起していることになる。
その陰が起すアクションを表現したのが密雲である。
陰のアクションを陽が受け入れれば、陰陽は調和し、密雲は雨となって降る。
しかし、陰の力は弱く、まだ陰陽は調和していない。
だから、密雲すれども不だ雨ふらず、という。
調和して雨が降るためには、陰の雲がさらに増える必要がある。
雲は、北半球では偏西風の関係で、西からやってくるものである。
だから、我が西郊よりす、という。


彖伝(原文と書き下しのみ)
小畜、柔得位、而上下応之、曰小畜、
小畜(しょうちく)は、柔(じゅう)位(くらい)を得(え)て、而(しこう)して上下(じょうげ)之(これ)に応(おう)ずるをもって小畜(しょうちく)と曰(い)う、

健而巽、剛中而志行、乃亨、
健(すこや)かにして巽(した)がい、剛中(ごうちゅう)にして而(しこう)して志(こころざ)し行(おこな)わる、乃(すなわ)ち亨(とお)るなり、

密雲不雨、施未行也、自我西郊、尚往也、
密雲(みつうん)すれども不(いま)だ雨(あめ)ふらずとは、施(ほどこ)し未(いま)だ行(おこな)われざるとなり、我(わ)が西郊(せいこう)自(より)すとは、往(な)すことあるを尚(たっと)べる也(なり)、


象伝(原文と書き下しのみ)
風行天上、小畜、君子懿文畜徳、
風(かぜ)が天上(てんじょう)を行(ゆ)くは、小畜(しょうちく)なり、君子(くんし)以(も)って、文(ぶん)を懿(うつく)しくし徳(とく)を畜(あつ)むべし、


ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては、
私のサイトの易学入門ページをご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は、オフラインでもできる無料易占いのページをご覧ください。占いながら各卦の意味がわかるようになっています。


☆ 旧約聖書~天地創造との一致 ☆

ところで、キリスト教の『旧約聖書』冒頭には、神が六日間でこの世界を造った、という神話がありますが、この場面での神の行動は、六十四卦の序次の順と同じなのです。
第一日目は、序次最後の64火水未済と、序次冒頭の01乾為天、02坤為地、03水雷屯、04山水蒙の計5卦の意味するところと一致します。
第二日目は、続く05水天需、06天水訟、
第三日目は、続く07地水師、08水地比、
第四日目は、続く09風天小畜、10天沢履、
第五日目は、続く11地天泰、12天地否、
第六日目は、続く13天火同人、14火天大有、
の意味するところと一致します。

これは単なる偶然の一致でしょうか?
あるいは、易はすべてを見通していて、どんなことでも易経の卦辞や爻辞のとおりに動くからでしょうか?
いや、そんなことはありません。
だから、未来を知るためには、筮竹で占うことが必要なのです。
では、このキリスト教との一致はどういうことなのでしょうか?
それは、『聖書』の物語が、易の理論を利用して作られたものだったからに他なりません。
・・・と、これだけを取り上げて言っても、説得力は弱いでしょう。
しかし『聖書』に書かれた物語は、ほかにもいろんなことが易の理論と共通していて、それらは六十四卦の序次によって幾何学的に繋がっているのです。
易を知らなければ、神学者や聖書研究者がいくら頑張っても、まったくわからないことでしょう。
しかし、易を少しでも知っていれば、誰でも容易にわかることなのです。
詳細は拙著『聖書と易学-キリスト教二千年の封印を解く』についてのページをご覧ください。
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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ちなみに表紙の右下のほうに白線で示しているのは、08水地比の卦象です。
キリスト教のシンボル十字架と中心教義の「愛」は、08水地比の卦象がもらたす意味と一致しているのです。

(C) 学易有丘会


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