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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

竹島は江戸時代の庶民も知っていた!

私は古書が好きで、ときどき神田神保町の古書店街を徘徊している。

三十年程前、何気に入った古書店に、
江戸時代、安政2年に出版された掌中和漢年代記集成という本があった。

日本と中国の簡単な歴史、地理、占いなどが簡単にまとめられている本である。

序文は漢文、本編は草書の平仮名にところどころ漢字が交ざっている文語文なので、
読むのに骨が折れるが、
安かったし、当時の庶民の歴史観や地理観が垣間見られるので、フラッと買ってしまった。

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家に帰ってページをめくり、しばし楽しんだ後は、本棚の片隅に放置していた。

 

が、ふと先日、手に取って改めてページをめくっていたら、
日本地図に、昨今話題の竹島が掲載されているのを見つけた。

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今の竹島は、当時は松島と呼ばれ、
鬱陵島のことを竹島と呼んでいた、と、
外務省のサイトに書いてあるが、
この地図にも、タケシマ、マツシマと、縦に並べて書いてある。

版本なので、小さい字は目を凝らしてよく見ないとわかりにくいが…。

 

とにかく日本では、
江戸時代の、こんな庶民向けの雑な本にも竹島が掲載されているのだから、
庶民でも日本海に浮かぶ竹島を、そこそこ知っていたのだろう。

 

韓国=当時の李氏朝鮮の庶民は、文盲が多かったと聞くが、
どの程度竹島(独島)を認識していたのだろうか?

 

ふと、そんなことが頭を過った…。

令和6年(2684年)2月29日

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