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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

アルト君追突される( p_q)

平成21年3月26日

この3月23日、
いつものように、都下の甲州街道を走っていた。
数台並んで走っていた。
その列の一番後ろを我がアルト君は走っていた。
前方の信号が赤になったので、
一番前の車から順番にブレーキをかけてスピードを落とし、順番に止った。
私の直前を走っている車も止った。
私も止るところだった。
私は、カックンとなるのがイヤなので、
いつも完全に停止する直前にブレーキをちょっと緩めるのだが、
その緩めた瞬間だった。
背中にドーンという強い衝撃と音があり、身体が前に浮き出した。
その瞬間、ルームミラーが目に入った。
黒いデカイ車が我がアルト君の後ろにぶつかっていた。
と、次の瞬間、我がアルト君ははじかれて、
2メートルほど前に止っているライトバンにぶつかった。
そのライトバンもさらに前の軽四輪トラックにぶつかった。

我がアルト君にぶつかったのは、いわゆるミニバンだった。
脇見運転で、前方に車が止っていることに気付かなかったらしい。
急ブレーキの音もしなかった。
衝撃から推測すると、ぶつかったとき、50キロくらい出ていたように思う。

私はルームミラーで状況がすぐわかったせいか、
咄嗟に身構えることができたようで、大した怪我はなかった。

事故直後、すぐいつもの整備工場に連絡した。
この四月に車検の予定で、それに合わせてレストアするつもりだった。
整備工場に依頼して、部品も数十万円かけて買い集めていた。
七年前には、整備工場共々雑誌に取材された。
モーターマガジン社の「カービジョン」という雑誌だった。
その雑誌はすでに廃刊になっているが、別のところから、
このレストアが完了したら、取材したい、という話もあった。
今や希少価値の昭和59年製スズキ・アルトだ。
ある程度の年齢の方なら、小林麻美さんのCMを覚えているだろう。
しかもワンオーナーで新車からここまで乗り続けて来たのだ。

全損廃車など有り得ない!
絶対に直す!という強い意志で、今、相手方保険屋と交渉している。
すでに今日、アルト君は板金屋に行き、外回りの修復が始まった。

査定がこうですから、なんて言われて、ハイそうですか、
と引き下がることは断じてできない。

追突されるのは辛い、悲しい、情けない・・・。
そして、どんなにこっちが注意しても、避けられないのが恐い・・・。
今も、ふとしたときに、
あの悪夢のような事故の瞬間が脳裏を過ぎり、
恐怖と悲しみに怯えてしまう。
こういうのを心が折れてしまった、というのだろうか。
とにかく、世間のことが上の空になっている。
新聞もテレビも見る気がしない。
ここに書けば少しは気が晴れるかな?
と思って、今、書いているが・・・。

写真は整備工場の駐車場で一昨日撮影したもの。

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放心状態かも(笑)

平成21年3月9日

この三月一日で、漸く六十四卦の卦爻の辞の解説を書き終えた。
校正なしの荒削りの文章ではあるが、我ながら、まあ、よく書いたものだ。
仕事の合間合間に、少しずつ書いていたので、結局一年半かかった。

次は何を書こうか・・・。

候補のひとつは、眞勢中州のほか、新井白蛾、高島嘉右衛門といった過去の名易者の占例。
卦辞や爻辞の意味と、実際の占いのときの解釈は、必ずしも一致しない。
そこで易占いでは、過去の著名な易者の占例を学ぶことが、大事だとされている。
卦辞や爻辞は、卦爻の読み解き方の最も大事なことではあるが、
それでもその読み方のひとつでしかない。
その象から何をどう読み解くかは、時や場合によってもいろいろだ。

それとも繋辞伝の解説にするか…。
易とはどういうものなのか、卦爻の辞とはどういう意義があるのか、
といったことが書かれているのが、繋辞伝だ。
まあこれは、私が書かなくても、岩波文庫の易経・下で読めばいいかな、とは思うけど…。

ま、当面はのんびりしながら、今後の構想を練ることにしよう。


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火水未済 爻辞

64 火水未済 爻辞

上九━━━
六五━ ━
九四━━━
六三━ ━
九ニ━━━
初六━ ━○

初六、濡其尾、吝、

初六(しょりく)、其(そ)の尾(お)を濡(ぬら)す、吝(はずか)し、

初六は未済中の未済の初まりに居るので、未だ事を成し、功を得るべき時ではなく、宜しく慎み守るべき時である。
しかし、元来初六は、陰暗不才にして不中不正なので、その慎み守るべき時であることを察せず、妄りに犯し進んで、強引に成功を求めようとする。
例えば、小狐が水の浅さ深さをも顧みずに、軽率に渉りかかり、遂にその尾を濡らすようなものである。
このようなことでは、賤(いや)しめ吝(はずか)しめ笑われるというものである。
だから、其の尾を濡らす、吝し、という。


上九━━━
六五━ ━
九四━━━
六三━ ━
九ニ━━━○
初六━ ━

九ニ、曳其輪、貞吉、

九ニ(きゅうじ)、其(そ)の輪(わ)を曳(ひ)く、貞(ただ)しくして吉(きち)なり、

九二の爻は、剛中の才が有るとはしても、未済中の未済のただ中の時に当たっている。
しかも、その身は内卦坎の難みの主なので、険みがその身に必至な状況である。
とすると、未だ容易に進み行くべきではない。
例えば、車が進み行くのなら、後ろより車輪を曳き止めて、進めなくするように、自己を貞正にして、時の至るのを待つべきである。
そうすれば、失うところもないのである。
だから、其の輪を曳く、貞しくして吉なり、という。


上九━━━
六五━ ━
九四━━━
六三━ ━○
九ニ━━━
初六━ ━

六三、未済征凶、不利渉大川、

六三(りくさん)、未済(びせい)のときに征(ゆ)けば凶(きょう)なり、大川(たいせん)を渉(わた)るに利(よ)ろしからず、

六三は下卦坎の険みの極に居る。
これは未済中の未済の極に当たる時である。
したがって、まだ、未済の時である。
また、六三は陰柔不才不中不正でもあるので、未だ事を遂げ、功を成すべきの時ではない。
それでも強引に何かをやろうとする時には、時を犯すので凶の道となる。
だから、未済のときに征けば凶なり、という。

この卦には、水火既済と同様に、済(わた)るという義があると共に、六三は、初二三の内卦と三四五の中卦との二つの坎の水の間に、ニ三四の中卦の離の舟を浮かべている象があり、六三はその離の舟の主に当たっている。
また、この卦は水火既済より顛倒して来ている。
この爻は要するに既済の六四である。
既済の四に舟のことが出てくるのは、この爻と象義が同じだということからである。
最も、この爻は水を渉るの象は有るが、まだ未済の時でもあるので、強いて渉れば時を犯すの咎が有る。
だから、大川を渉るに利ろしからず、という。


上九━━━
六五━ ━
九四━━━○
六三━ ━
九ニ━━━
初六━ ━

九四、貞吉、悔亡、震用伐鬼方、三年有賞于大国、

九四(きゅうし)、貞(ただ)しくして吉(きち)なり、悔(く)い亡(ほろ)ぶ、震(うご)いて用(もち)いて鬼方(きほう)を伐(う)つ、三年(さんねん)にして大国(たいこく)に賞(しょう)有(あ)り、

九四は未済中の未済の時はすでに去って、未済中の既済に革(あらた)まった時である。
今までは未済中の未済だったので、悔いが有ったが、今すでに未済中の既済に移ったので、その悔いも亡ぶのである。
だから、貞しくして吉なり、悔い亡ぶ、という。
もとより九四は、近君の大臣の位に居て、上卦離明の一体に居る。
陽剛の才が有り、今この時運の改まり革まるの位に当たっている。
これは未済を済うべきの時を得た者である。
したがって、治を成すの功に害が有る者は討伐して、天下の未済を済うべき任がある。
だから、震いて用いて鬼方を伐つ、という。
しかし、未済の弊乱を撥って、既済の平治に致すことは、一朝一夕にできることではない。
持てる力を尽くしても、ある程度の時間が必要である。
だから、三年にして大国に賞有り、という。
三年とは多年の義、大国とは六五の君の位を指している。

なお、この爻もまた既済の三の顛倒生卦である。
したがって、共に鬼方を伐つという辞があるのである。
ただし、既済の三は、治平の時より衰運乱逆に向かう時なので、これを挽回するのは大いに艱難である。
そこで高宗の例を引いて、その象義を示したのである。
一方、この九四の爻は、乱より治に向かう時運なので、その時運に乗じて動くことになる。
したがって、その功を成すのも順にして便である。
そこで、ことさら高宗の例を出すこともないのであって、こうするとこで、その時を得たのと、その時の去るのとの、軽重分別を明らかにしたのである。



上九━━━
六五━ ━○
九四━━━
六三━ ━
九ニ━━━
初六━ ━

六五、貞吉、无悔、君子之光、有孚吉、

六五(りくご)、貞(ただ)しくして吉(きち)なり、悔(く)い无(な)し、君子(くんし)之(の)光(ひかり)、吉(きち)たるに有孚(ちがいな)し、

六五は未済中の既済を得ている者である。
その時運もまた九四の時よりも一段進んでいる。
したがって、九四には悔い亡ぶとあるが、六五では悔い无しとしている。
しかし、なお貞吉の辞があるのは、警戒しているのである。
六五は君位に在って、柔中の仁徳が在る上に、離の文明の主として、九四の執政大臣とは陰陽正しく応じている。
これは、よく賢良に委ね任せて、天下の未済の衰運を改革するところの聖君であり、その徳の輝きを称したいものである。
だから、貞しくして吉なり、悔い无し、君子之光、吉たるに有孚し、という。


上九━━━○
六五━ ━
九四━━━
六三━ ━
九ニ━━━
初六━ ━

上九、有孚于飲酒、无咎、濡其首、有孚失是、

上九(じょうきゅう)、孚(まこと)有(あ)って于(ここ)に飲酒(いんしゅ)す、咎(とが)无(な)し、其(そ)の首(くび)を濡(ぬ)らせば、是(よき)を失(うしな)うに有孚(ちがいな)し、

上九は未済が終わり、全く既済に成ろうとする時にして、その未だ成らないところのものは、僅かに一分足らずである。
しかしなお、慌しく未済を傾け尽くしてはいけない。
しばらく宴楽して、身と心を養い、道を守って時が熟するのを待つことである。
そうすれば、労せずして既済の治が、自然に致すというものである。
だから、孚有って于に飲酒す、咎无し、という。
酒とは宴楽の義にして、飲酒とは心身保養の喩えである。

これが、時の熟すのを待たず、正しき道を守らず、功を貪り、利に急ぐといった短慮により、躁(さわ)ぎ進んで、小狐が川を渉るようであるのならば、必ず忽ち成功を転じて失敗を生じるのである。
例え、従来幾多の成功を積んで来たとしても、併せて共に敗れ滅びる。
これは恐れ慎むべき時である。
だから、其の首を濡らせば、是を失うに有孚し、という。


ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては、
私のサイトの易学入門ページをご覧ください。
また、六十四卦それぞれの初心者向け解説は、オフラインでもできる無料易占いのページをご覧ください。占いながら各卦の意味がわかるようになっています。
なお易は、中国や日本だけではなく、遠くユダヤやローマにも多大な影響を及ぼしました。
聖書と易経を比較すれば容易にわかることなのですが、キリスト教は易の理論を巧みに利用して作られた宗教だったのです。
詳細は拙著『聖書と易学-キリスト教二千年の封印を解く』についてのページをご覧ください。
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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ちなみに表紙の右下のほうに白線で示しているのは、08水地比の卦象です。
キリスト教のシンボル十字架と中心教義の「愛」は、08水地比の卦象がもらたす意味と一致しているのです。

(C) 学易有丘会


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