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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

古事記序文の謎

平成26年10月10日

読書の秋、学問の秋、芸術の秋ということで、今回は日本古代史について書くことにした。

日本の古代史に興味がある人たちはよく、
古事記や日本書紀の記述はどこまでが作り話で、どこからが真実なのだろうか、
といった議論をしている。
しかし、そういう議論をするに当たって、最も大事なことを決して顧みようとしないようだ。
顧みないから、あまり知られていないが、興味深い事実である。

それは古事記序文の中にある。
古事記序文は、古事記の内容の概略に触れた部分と、編纂に至る経緯が書いている。
その中に六人の天皇が登場する。
初代の神武天皇、応神天皇、仁徳天皇、推古天皇、天武天皇、元明天皇である。
問題は難しいことではない。
これら六人の各天皇をどう表記しているかである。

今は便宜上、神武とか仁徳といったいわゆる漢風諡号で表記したが、
古事記では漢風諡号を一切使っていない。
神武天皇なら神倭伊波礼毘子天皇(かむやまといはれびこのすめらみこと)、
仁徳天皇なら大雀天皇(おほさざきのすめらみこと)、
といった具合で、この古事記の表記は一般に国風諡号と呼ばれている。

そこで古事記序文だが、
各天皇について、この国風諡号で表記していたり、あるいは宮殿があった場所で表現している。
その表記を列挙してみると、次のようになる。

神武天皇 神倭伊波礼毘古天皇
応神天皇 品陀御世(ほむだのみよ)
仁徳天皇 大雀皇帝
推古天皇 小治田大宮(おはりたのおほみや)
天武天皇 飛鳥清原大宮御大八州天皇
元明天皇 皇帝陛下

このように、神武天皇と天武天皇以外には天皇という呼称を用いていないのである。
これを踏まえて古事記本文を確認してみると、
推古天皇だけ、一度も天皇と表記していないのである。
国風諡号も豊御気炊屋比売(とよみけかしぎやひめ)とあり、天皇という呼称は使っていない。
他の天皇については少なくとも一度は天皇と表記しているのにである。
この差は何なのだろうか?

推古天皇は古事記に登場する唯一の女帝である。
女帝は天皇に相応しくないから本文でも天皇とは表記しなかった、とも言える。
元明天皇は古事記の編纂者太安萬侶の時代の天皇で女帝である。

とすると、古事記序文では、推古と元明が女帝であるように、
実はこの序文で天皇とは表記していない応神や仁徳も女帝だったのだ、
と暗に仄めかしているのではないか、
この古事記の内容は国策で作らされた嘘っぱちであって、
本当は仁徳や応神を初めとする古代の大多数の天皇が実は女帝であって、
日本で権力の地位についた男性は神武と天武など極少数しかないかった、
と密かに告げているのではないか、とも思えるではないか。

私は別の古事記の不思議な問題を探るうちに、
必要に迫られて、改めて序文を読み返し、
この事実に気付いたのです。
これについては私のサイトの、
古事記と易学をご覧ください。

また、この問題をさらに探っているうちに、
キリスト教が中国で作られた思想や神話をリメイクして作った宗教であり、
西暦元年とユダヤ歴元年は日本の皇紀元年と同様辛酉革命思想に基づいて机上で算出された年代、
イエス・キリストが架空の人物であることも突き止めた。
これについてはかれこれ十年近く前に、本にまとめたので、
詳細は、
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
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水上 薫

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をご覧ください。

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リンクに感謝

平成25年5月14日

嬉しいことがあった。

ある人が「古事記と易学」のページにリンクを貼ったとのことで、
メールをくださった。

そのメールによると、

自分のブログに古代人の知恵の結晶としての天皇制
について意見を発表しようと思い
色々と調べていたところ、水上"コアラン"薫のホームページにたどり着きました

僕自身、易の専門家でもなく
検証する力も無いのですが
とりあえず、ここまできちんとした解説は
初めて聞いたので
ビックリしつつ
自分のブログのリンクにはらせて戴きました

とのこと。

そこで、このブログで、
こちらからもリンクを貼ることにした。
対等な人間関係と天皇制、及び三権分立 その1
から始まるシリーズの
対等な人間関係と天皇制、及び三権分立 その4
以降に、話の流れの中で何回か「古事記と易学」へのリンクが貼られている。
嬉しい限りだ。

古事記が易の理論を利用した暗号文書だということもさることながら、
古代日本が女尊男卑の世界だったということも、
多くの日本の古代史研究者の方々にはなかなか受け入れられない今日。

まあ、
アカデミズムを含めて、それで食っている人たちは、
自らの研究や仮説を守ることが大事なわけだから、
こんな私の説を受け入れるよりも、
敢えて無視するのが普通だろう。

そんな中、私の説を少しでも理解していただき、
リンクを貼ってくださったのは、とても嬉しく感動した。

その人は、天皇制のあり方を考える中で、
私の説を引用してくださった。

今後の社会のあり方を考える上で、
古代女尊男卑の母権母系社会から脱却して、
現行父権父系社会へ移行した歴史を知ることは、とても重要だと思っている。

今回のリンクは、
少しずつ、綺麗ごとの歴史ではなく、真実の歴史を直視しよう、
という人たちが増えている一端だと思いたい。

最初は微力でも、少しずつ伝わり、やがてはブレイクすると信じている。
そのときが来るのを願って、感謝しつつ、夢を見ている(笑)

リンクしていただき、ありがとうございました。


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君が代の作者は誰?

平成23年2月9日

そろそろウチの近くでは梅が咲いている。
梅の花を見ると思い出すのは、
「東風吹かば 思い起こせや 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
有名な菅原道真の歌だ。
道真が活躍したのは宇多天皇~醍醐天皇の御世だ。
この醍醐天皇の御世には、日本の紀元を考える上で、
とても重要な出来事があった。

日本の紀元と言えば、紀元節、2月11日。
国民の祝日としては建国記念の日だ。
なぜ、この日が日本の紀元をお祝いする日なのか?
それは、日本書紀にある神武天皇即位の日を現行太陽暦に換算すると、
2月11日になるから、そう決めたのだ。

しかし神武天皇については、実在も疑わしく、
その即位の日や即位の年も、もちろん疑わしい。
その疑う根拠のひとつが、
神武天皇の即位年は、
易の沢火革・火風鼎より導き出された辛酉革命理論によって、
机上で算出されたものだ、
とする説である。
この説を発表したのは、明治時代の那珂通世であり、
一般に、辛酉革命説と呼ばれ、
日本史の教科書にもその呼称くらいは出ている。

で、この説の根拠は、
昌泰四年辛酉歳を延喜元年に改元することを勧めた三善清行の文書の中に、
辛酉革命理論のことが書いてあったこと、なのである。
この改元を勧める文書を読んで、辛酉革命を知り、
その理論に沿って日本書紀を検証して、そういう結論に達したのである。
延喜元年は、皇紀1561年、西暦901年に当たる。

ちなみに私は、このことから、計らずも西暦と皇紀の奇妙な一致を見つけ、
西暦の根拠であるキリスト教について調べてみたくなった。
その成果を書いたのが、
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
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である。
また、この辛酉革命説を紐解くうちには、日本古代史の真実も見えてきた。
これについては、私のサイト内の「古事記と易学」というコーナーに書いた。
かなりの長編で、単行本一冊分は楽にあるが、よろしければご覧ください。

が、それはそれとして、話を戻そう。

この延喜元年の頃、
菅原道真は、藤原氏の策謀により、無実の罪を着せられ、
大宰府に左遷させられた。
そして、延喜三年には、濡れ衣が晴れることはなく、彼の地で薨去した。

その道真が彼の地で亡くなってしばらくすると、
都では古今和歌集の編纂が行われた。

その中に、詠み人知らずで、こんな歌があった。
我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌をとなりて 苔のむすまで

国歌「君が代」の原詩である。

歴史研究者の中には、
かつて九州にあった古代王朝の末裔の人たちが、
昔を懐かしみつつ歌ったものだ、
という人もいる。
しかし、本当にそうなのだろうか?
私は、ひょっとしたら、
大宰府に左遷させられた時に、菅原道真が作った歌だったのではないか?
と思っている。

我が君とは醍醐天皇のこと。
藤原氏の策謀により、流されたわけだが、
いつかその誤解が解けて、都に戻る日を夢見つつ、したためた・・・。

古今集の選者は、その経緯を知っていて、敢えて「詠み人知らず」とした。

そう考えてみると、
「君が代」が、またひとつ味わい深い歌のように思えてくる。

が、それはそれとして、

東風吹かば、思いおこせや梅祭り
    おでん たこ焼き 焼き鳥 じゃがバター・・・。

寒いときはお腹が空く(^^;
チャンチャン!



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古事記と易学

平成21年8月21日

私のサイトに新しいページ、
古事記と易学~今蘇る!壮絶なる女尊男卑の古代日本~
が誕生した。

『古事記』『日本書紀』は、易の理論を乱数表として利用した暗号文書だった。
神々や古代天皇の系譜は、『日本書紀』最後の持統天皇まで、そのすべてが虚構であるとともに、
暗号を解読してみると、そこに表向きとは似ても似つかない真実の歴史と、
歴史改竄の経緯が示されていた。
その真実の歴史では、卑弥呼や倭の五王が誰のことなのかも、ちゃんと示されていた・・・。

といったことを書いたページです。
内容は、単行本一冊分くらいあります。
よろしければ暇なときにでもご覧ください。

そもそも、拙著
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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も、最初ネット上で原稿を公開し、
それがきっかけで本として出版していただけることになったのだが、
この『古事記と易学』も、何れ本にしたいと考えている。

よろしくお願いします。


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