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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

リンクに感謝

平成25年5月14日

嬉しいことがあった。

ある人が「古事記と易学」のページにリンクを貼ったとのことで、
メールをくださった。

そのメールによると、

自分のブログに古代人の知恵の結晶としての天皇制
について意見を発表しようと思い
色々と調べていたところ、水上"コアラン"薫のホームページにたどり着きました

僕自身、易の専門家でもなく
検証する力も無いのですが
とりあえず、ここまできちんとした解説は
初めて聞いたので
ビックリしつつ
自分のブログのリンクにはらせて戴きました

とのこと。

そこで、このブログで、
こちらからもリンクを貼ることにした。
対等な人間関係と天皇制、及び三権分立 その1
から始まるシリーズの
対等な人間関係と天皇制、及び三権分立 その4
以降に、話の流れの中で何回か「古事記と易学」へのリンクが貼られている。
嬉しい限りだ。

古事記が易の理論を利用した暗号文書だということもさることながら、
古代日本が女尊男卑の世界だったということも、
多くの日本の古代史研究者の方々にはなかなか受け入れられない今日。

まあ、
アカデミズムを含めて、それで食っている人たちは、
自らの研究や仮説を守ることが大事なわけだから、
こんな私の説を受け入れるよりも、
敢えて無視するのが普通だろう。

そんな中、私の説を少しでも理解していただき、
リンクを貼ってくださったのは、とても嬉しく感動した。

その人は、天皇制のあり方を考える中で、
私の説を引用してくださった。

今後の社会のあり方を考える上で、
古代女尊男卑の母権母系社会から脱却して、
現行父権父系社会へ移行した歴史を知ることは、とても重要だと思っている。

今回のリンクは、
少しずつ、綺麗ごとの歴史ではなく、真実の歴史を直視しよう、
という人たちが増えている一端だと思いたい。

最初は微力でも、少しずつ伝わり、やがてはブレイクすると信じている。
そのときが来るのを願って、感謝しつつ、夢を見ている(笑)

リンクしていただき、ありがとうございました。


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君が代の作者は誰?

平成23年2月9日

そろそろウチの近くでは梅が咲いている。
梅の花を見ると思い出すのは、
「東風吹かば 思い起こせや 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
有名な菅原道真の歌だ。
道真が活躍したのは宇多天皇~醍醐天皇の御世だ。
この醍醐天皇の御世には、日本の紀元を考える上で、
とても重要な出来事があった。

日本の紀元と言えば、紀元節、2月11日。
国民の祝日としては建国記念の日だ。
なぜ、この日が日本の紀元をお祝いする日なのか?
それは、日本書紀にある神武天皇即位の日を現行太陽暦に換算すると、
2月11日になるから、そう決めたのだ。

しかし神武天皇については、実在も疑わしく、
その即位の日や即位の年も、もちろん疑わしい。
その疑う根拠のひとつが、
神武天皇の即位年は、
易の沢火革・火風鼎より導き出された辛酉革命理論によって、
机上で算出されたものだ、
とする説である。
この説を発表したのは、明治時代の那珂通世であり、
一般に、辛酉革命説と呼ばれ、
日本史の教科書にもその呼称くらいは出ている。

で、この説の根拠は、
昌泰四年辛酉歳を延喜元年に改元することを勧めた三善清行の文書の中に、
辛酉革命理論のことが書いてあったこと、なのである。
この改元を勧める文書を読んで、辛酉革命を知り、
その理論に沿って日本書紀を検証して、そういう結論に達したのである。
延喜元年は、皇紀1561年、西暦901年に当たる。

ちなみに私は、このことから、計らずも西暦と皇紀の奇妙な一致を見つけ、
西暦の根拠であるキリスト教について調べてみたくなった。
その成果を書いたのが、
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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である。
また、この辛酉革命説を紐解くうちには、日本古代史の真実も見えてきた。
これについては、私のサイト内の「古事記と易学」というコーナーに書いた。
かなりの長編で、単行本一冊分は楽にあるが、よろしければご覧ください。

が、それはそれとして、話を戻そう。

この延喜元年の頃、
菅原道真は、藤原氏の策謀により、無実の罪を着せられ、
大宰府に左遷させられた。
そして、延喜三年には、濡れ衣が晴れることはなく、彼の地で薨去した。

その道真が彼の地で亡くなってしばらくすると、
都では古今和歌集の編纂が行われた。

その中に、詠み人知らずで、こんな歌があった。
我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌をとなりて 苔のむすまで

国歌「君が代」の原詩である。

歴史研究者の中には、
かつて九州にあった古代王朝の末裔の人たちが、
昔を懐かしみつつ歌ったものだ、
という人もいる。
しかし、本当にそうなのだろうか?
私は、ひょっとしたら、
大宰府に左遷させられた時に、菅原道真が作った歌だったのではないか?
と思っている。

我が君とは醍醐天皇のこと。
藤原氏の策謀により、流されたわけだが、
いつかその誤解が解けて、都に戻る日を夢見つつ、したためた・・・。

古今集の選者は、その経緯を知っていて、敢えて「詠み人知らず」とした。

そう考えてみると、
「君が代」が、またひとつ味わい深い歌のように思えてくる。

が、それはそれとして、

東風吹かば、思いおこせや梅祭り
    おでん たこ焼き 焼き鳥 じゃがバター・・・。

寒いときはお腹が空く(^^;
チャンチャン!



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古事記と易学

平成21年8月21日

私のサイトに新しいページ、
古事記と易学~今蘇る!壮絶なる女尊男卑の古代日本~
が誕生した。

『古事記』『日本書紀』は、易の理論を乱数表として利用した暗号文書だった。
神々や古代天皇の系譜は、『日本書紀』最後の持統天皇まで、そのすべてが虚構であるとともに、
暗号を解読してみると、そこに表向きとは似ても似つかない真実の歴史と、
歴史改竄の経緯が示されていた。
その真実の歴史では、卑弥呼や倭の五王が誰のことなのかも、ちゃんと示されていた・・・。

といったことを書いたページです。
内容は、単行本一冊分くらいあります。
よろしければ暇なときにでもご覧ください。

そもそも、拙著
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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も、最初ネット上で原稿を公開し、
それがきっかけで本として出版していただけることになったのだが、
この『古事記と易学』も、何れ本にしたいと考えている。

よろしくお願いします。


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