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明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

高島易断 坤為地 占例

平成21年12月17日

高島易断の占例~坤為地

初六の占例
記載なし。


六二の占例
記載なし。


六三の占例
記載なし。


六四の占例

その一。

福原氏のために、石清水神社の盛況如何を占う。
明治十八年、初夏の某日、元老院議官福原実と楫取素彦の両君が、石清水八幡宮司の福原誠介氏を誘って来た。
共に易理の話をしていたときに、福原誠介氏から、石清水神社の盛況如何を占ってほしいと頼まれ、筮して坤の予に之くに遇った。
坤の卦は月に配すれば陰暦の十月である。
十月は、日本では神無月と称し、日本中の諸神がみな出雲の大神に会合しに行くという。
今、神社を占って神無月の卦を得たのは、この神社の神はいわゆる神馬に騎乗して一鞭あてて遠くに去っていて、社殿に鎮座していないことを示しているのである。
なおかつ坤は純陰にして、陽がない。
坤は大地だから形あるものにして、乾は天空だから形のないものとする。
これは、社殿があって神霊はいない様子である。

一方、四爻変の爻辞には、括嚢无咎无誉、とある。
これは、神霊がいないために、利が生じることもないが、罰もないことを言っているのである。
したがって、例え社殿を広壮華麗にし、山海の神饌物を八台九台と供え、沐浴潔斎して神事を修し、祭典を行っても、神は嚢を括って遠行不在中にして、祝詞(のりと)をも聞食(きこしめ)すには至らない。
よって、労して功無く、利も罰も無いのである。
ただし、今、謹んでこれを考えると、神明の御不在は出雲へ行っているのではなく、恐らくは国家衛護のために、宮中へ渡御されているのだろう。
私には、その神験かと思い当たるところがある。
伝え聞くところによると、ある外国公使が謁見を賜ったとき、そのときの勅裁の詔がとても素晴らしい御明断であったので、外国公使もその御叡断を感嘆して低頭拝礼し、列座の大臣、宮内卿、外務卿、式部長官等の諸公、何れも拝感敬服されたとのこと。
これは天皇陛下の叡聖におはしますことより出たとしても、寧ろまた神霊の冥々に国家を愛護して、これが威力を加えたのではないだろうか。
微賤な我輩としても、至誠を以ってこれを奉じ、赤心を以ってこれに仕えれば、その神感を蒙りたいものである。
したがって、今、石清水神社にしても、外見を立派にしようと、宮柱を虚飾し、瑞籬玉垣を壮麗にするよりも、至誠感応の実力を得て、これを公民に施し、神徳を著明し、神威を拡張させることが大事ではないだろうか。
三氏はこれを聞いて、易理が神についても通じていることに信服して、去って行った。


その二。

易占によって、共同運輸会社に意見を述べる。
私はある日、東京に出かけたのだが、共同運輸会社の前を通ったとき、ふと気がかりに思うところがあり、車上にて占い、坤の予に之くを得た。
よって、その気がかりに思うところが何なのかを判断した。
坤は利を主とする卦だが、四爻変の爻辞は括嚢无咎无誉である。
この会社は、何か事をなすときに慎密に過ぎることが、恰も嚢を括って出ないようなので、咎の無い程度の小得はあるとしても、誉の無い大失もある者である。
これは、能力があるのに、徒に内国運輸の小利に止まり、広く海外に事業を展開して国益を大いにする大業に進出することを躊躇っている様子である。
とすると、私見を述べ、彼が盛業をさらに博大にする指針を備えるよう、社長に忠告せずにはいられない。
そこで、名刺を差し出して、社長に会いたいと願い出た。
社長伊藤雋吉と遠武秀行の両氏が速やかに出迎え、挨拶が終わって社業の事に話が及んだ。
私は意見を吐露した。

まさに今、開明庶政完全進歩の美、実に日一日より新たであり、盛んである。
熟考するに、我が日本国は東海の一島だとしても、人口の多いことは国土の広さに過ぎていると聞く。
これに加えて、近時は種痘衛生の保護が行き渡り、良医輩出して、簡単に人命を害することもなくなった。
その結果、病死を免れ、天寿を全うする者も増えていて、この年の統計によれば、人口増加は一年に四十万人に及ぶ。
このようにして年を積めば、将来邦土より生産する食料は、全人口を育養するには足りなくなることを恐れる。
昔の人は、次のようなことを言った。
治平久しきときは人口が年を追って増え、増えて邦土の量に過ぎ、以って育養するに足らざるときは、天これをして平均せしめんがために疾病を流行らせるか、戦争を興して殺し合いをさせて人口を間引き、丁度よい人口になると止む。
ただしこれは、過去の仮説であって、今は違う。
疫病は、検疫予防病院衛生の備えが有るので蔓延を防げる。
今年も伝染病が少しは流行ったが、大したことはなかった。
戦争は公法条約講和償金の設が有り、暴乱惨虐の限りを尽くさないので、戦闘があってもあまり大勢が死ぬようなことはない。
これを以って観れば、この過去の仮説は今や虚論に属すものである。
時運がこのようであれば、人口増加による過量を養うに足りないことに応じる手立てを考え、生育すべきの途を啓き、益々国を美とする術を講じるべきである。
その術を講じるには、広く邦土の外に植民地を拓き、以って内国の邦土とし、ここに人々を移住させて、以って生産させるのが最善である。
欧州諸国は何れもこの挙に従事し、政府を始め、公衆に至るまで、専ら植民地を他邦に求めることに勤めているではないか。
我が邦も従前のしきたりをのみ守り、内国の一点内にのみ団欒することをせず、早く海外開拓地の策を考えなければいけない。

しかし今、この会社は、上は官の保護を得、下は共同して創建した盛社である。
とすれば、広く海外に航行し、南米やオーストラリア諸州に、我が国産を搭載し、貿易を以って、益を得、植民地を開墾し、新日本を造るに及ぶべきである。
ところが今、事業を占って坤の四爻を得たので、これを観て歯痒くなった。
この会社は、私が賞嘆したくてもできない。
ただ株金資本を損耗し、小数に甘んじ、敢えて国家の洪益を考えようとしない。
これは坤卦とその四爻の辞とによって、私が推窮して明察するところである。
まことにこのようであるのならば、それは私は貴社に望むところではない。
機軸を転じて、すでに話したような一大盛挙に進んでほしいのである。

社長伊藤氏は、大いに感悟するところがあるようだった。
よって私は、タバコを一服して、その会社を出た。


六五の占例
記載なし。


上六の占例
記載なし。


用六の占例
記載なし。


ここに書いているのは、高島嘉右衛門が書いた『高島易断』の中にある占例を、現代語に意訳したものです。
すでにこのブログで書いてきた眞瀬中州の卦爻の辞の解釈とはいささか異なる面もあるが、高島嘉右衛門は中州とともに、日本の易の歴史を語る上での重要人物のひとりであって、何かと参考になることも多いと思います。
高島嘉右衛門の人となりについては、次の書籍が参考になるかと思います。
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易の初歩的なことについては、
私のサイトの易学入門ページをご覧ください。
六十四卦それぞれの初心者向け解説は、オフラインでもできる無料易占いのページをご覧ください。
占いながら各卦の意味がわかるようになっています。
なお、日本古代史に興味がある方は、是非、古事記と易学のページもご覧ください。
『古事記』『日本書紀』は、易の理論を乱数表として利用した暗号文書であって、解読すると、信じたくないような忌わしい古代日本の真実の姿が描かれていた、というハナシです。

ところで、易は中国や日本だけではなく、遠くユダヤやローマにも多大な影響を及ぼしました。
聖書と易経を比較すれば容易にわかることなのですが、キリスト教は易の理論を巧みに利用して作られた宗教だったのです。
もちろん、イエス・キリストなんて実在しません。
教義は中国古典の『墨子』のリメイク、
西暦元年は辛酉革命思想によって机上で算出された架空の年代、
クリスマスの日付も、易と辛酉革命の関係から導き出されたものだったのです。
詳細は拙著『聖書と易学-キリスト教二千年の封印を解く』についてのページをご覧ください。
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ちなみに表紙の右下のほうに白線で示しているのは、08水地比の卦象です。
キリスト教のシンボル十字架と中心教義の「愛」は、08水地比の卦象がもらたす意味と一致しています。

(C) 学易有丘会


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坤為地 爻辞

02坤為地 爻辞


上六━ ━
六五━ ━
六四━ ━
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━○

初六、履霜堅氷至、

初六(しょりく)、霜(しも)を履(ふ)みて堅氷(けんぴょう)至(いた)る、

六とは、老陰のこと。
詳細は乾為天初九のところを参照。
霜とは冬の寒さの陰気が始めて結晶したものである。
さらに陰気が強くなって寒くなると、雪が降り、水面には堅い氷が張るようになる。
その前兆である。
また、初爻は足元の位置である。
霜は足元の地面に張るものであり、足で履(ふ)むものである。
だから、霜を履みて、という。

ちなみに、人体に爻位を当てはめるときは、各卦によって多少の違いはあるが、概ね初爻を足、二爻を脛~膝あたり、三爻を股、四爻を腹、五爻を胸~顔、上爻を首~頭とする。
特に沢山咸や艮為山の爻辞は、人体と爻位の関係が中心になっている。

さて、坤為地は十二消長で言えば旧暦十月、冬の始まりのときの卦である。
寒い朝、歩くときにサクサクと霜を履むようになると、冬の訪れを感じるものだが、それから寒さは次第に増長し、やがて雪が降り、ついには水面は堅い氷に覆われるに至る。
これは自然の摂理である。
したがって、霜を履むようになったら、やがて堅氷が至ることを覚悟しないといけない。
だから、霜を履みて堅氷至る、という。

陰邪姦悪が萌芽するときは、初めは微弱にして初霜のようにすぐ消えてしまうようなことであっても、そのまま改めなければ、ついには堅い氷のような大悪に至るであろうことは、必定である。
ほんのちょっとした気の緩みが、徐々に規律を乱し、その乱れた規律の中で最後には大惨事を招いてしまうのである。
特に人間は、安易な方向に流れやすいものである。
だからこそ、霜を履む程度ならまだ間に合うから、気を引き締めて軌道修正することが大事だと諭しているのである。
なお、逆に、ほんのちょっとした善行をすれば、いつかそれが堅い氷のように広がる、という意もある。
とにかく、物事の始まりは、ほんのちょっとしたことであって、それがその行く末に繋がっているのである。


上六━ ━
六五━ ━
六四━ ━
六三━ ━
六二━ ━○
初六━ ━

六二、直方大、不習无不利、

六二(りくじ)、直(ちょく)方(ほう)大(だい)なり、習わざれども利(よ)ろしからざる无(な)し、

直は順直ということ。
六二は柔順中正にして、少しの歪み曲がりなく角ばることもないことをいう。
これは内徳(自分自身の生き方)についてのことである。
方とは方形(四角形)のことで、方形は円の対であって、円は陽にして天の形の象徴、方形は陰にして地の形の象徴である。
天空の星は北極星を中心に円運動しているのであって、大地は田畑がそうであるように方形に区切って使うと便利だからである。
円形の物体は、一旦動き出したら、なかなか止まらないものだが、これは陽の属だからである。
対する方形の物体は動かそうにもなかなか動かないものだが、これは陰の属だからである。
また、方とは方正のことであり、これは外徳(他人に対する接し方)についてのことである。
大とは広大ということで、坤地の生育の功徳が広大なことをいう。

このように、直とは順直にして徳を持って言い、方とは方正にして形を以って言い、大とは広大にして功を以って言うのである。
この卦は純陰だから、坤=地の道である。
したがって、臣の道であり、妻の道である。
また、この爻は六二だから、地の位であり、臣の位であり、妻の位である。
中の徳を得て正しき道を得た、成卦の主爻である。

成卦の主爻とは、その卦を成立させるとともに、その卦の中心となる徳性を具えた爻を言う。
この坤為地の卦の六爻中では、初と三は不中不正、上と四は正は得ているが不中、五は中を得てはいるが不正であり、ただひとつこの六二の爻だけが柔順中正を得ていて、坤陰地道の全徳を具足しているのである。
だからこれを称えて、直方大、という。
中を得るとは、構成する八卦の真ん中の位置すなわち二と五の位置にあることを言う。
正とは、陰位(二四上の偶数位)に陰爻、陽位(初三五の奇数位)に陽爻があることを言う。

およそ天下の事理は、習うことで、それを知り、記憶し、上達するものだが、すでに順直方正広大の全徳を具足しているのだから、これ以上に習う必要はない。
だから、習わざれども利ろしからざる无し、という。
无不利は、反語の文法にして、利ろしきことの至極なるを言う。


上六━ ━
六五━ ━
六四━ ━
六三━ ━○
六二━ ━
初六━ ━

六三、含章、可貞、或従王事、无成有終、

六三(りくさん)、章(あや)を含(ふく)めり、貞(つね)ある可(べ)し、王事(おうじ)に従(したが)うこと或(あ)らば、成(な)すこと无(な)くして終(お)わり有(あ)るべし、

章とは、事が成ることをいう。
文がひとつのまとまりとして形を成したものを文章というのは、そのためである。
ここでは、人の才能が有ることに喩える。
これは、雷火豊六五の、章を来たす、というのも同様である。

この坤為地は六爻純陰であり、陰は臣だから、臣下の卦象である。
したがってこの三爻も臣下にして、柔順である。
しかし、六五の君位もまた陰柔にして、三と五の関係は応でも比でもない。
とすると、この六三は、臣下だけど、その君に知られない者である。
君上に知られない臣下であるのなら、たとえ自己に才能や器量が有っても、それを懐に深く包み蔵(かく)して、よく時を待つべきである。
妄りにその才能を発露するときには、却って君上に忌み嫌われる恐れが有る。
だからこれを戒めて、章を含めり、という。
含むとは、内に有(たも)ち、外に出さないことである。

要するに、気心の知れない人から意見されると、それがどんなに正しくても、不快に感じることがある。
何かを言うのであれば、まず互いに気心が知れてからにするのが大事なのであって、今はまだ互いに相手との接点がない、ということである。

なおかつこの爻は、不中不正である。
しかも内卦の極に居るのだから、その心術身行もまた不中不正である。
人知らざるを慍(うら)み怒る振る舞いがないようにと、戒めて、貞常(つね)であるべし=貞ある可し、という。
貞常というのは、臣下の君上に仕え、子の父に仕え、妻の夫に仕える常の道のことである。

したがって、その遇不遇には構わず、忠信を主とし、誠実を尽くして、決して変革を求めないことである。
この六三の爻は、内卦より外卦へ、将に遷り転じようとする場所であり、人位の危うき地である。
殊更に、丁寧謹篤に惧れ慎むべき位である。
それでも、もしも君上から命令があれば、忠信誠実を尽くして公事に従い勉め励むことである。
ただし、よく己を慎み、命令を守り、少しでも自分が成したことを手柄にしようなどとは考えずに、その公事を完了することである。
だから、王事に従うことあらば、成すこと无くして終わり有るべし、という。


上六━ ━
六五━ ━
六四━ ━○
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━

六四、括嚢、无咎无誉、

六四(りくし)、嚢(ふくろ)を括(くく)る、咎(とが)も无(な)く誉(ほま)れも无(な)し、

坤は臣の卦にして、この爻は君位に近く、柔順にして正を得ている。
しかし陰爻なので、六五の君と親しく比してはいない。
これは君上から信頼信用されない大臣である。
このときに当たっては、嚢(ふくろ)の口を括る如くに口を塞ぎ、発言しないようにするのがよい。
そうすれば、咎もなく、誉れもなく、災いに至ることはない。
だから、嚢を括る、咎も无く誉れも无し、という。
そもそも自分も含めて、賢明な陽がひとりも居ないのが、この卦である。
賢明な人がひとりも居なければ道は無いに等しい。
したがって、道が無い時の大臣は、ひたすら愚者の如くにしているのがよい、ということでもある。
咎无しとは、道に違わないので災難がない、ということである。
誉れ无しとは、為し行うことがないので功名もない、ことである。


上六━ ━
六五━ ━○
六四━ ━
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━

六五、黄裳元吉、

六五(りくご)、黄裳(こうしょう)元吉(げんきち)

黄は中央の土の色であり、中の喩えである。
ここで言う中とは、忠信の忠のことである。
裳は衣裳の下の服であり、臣下の喩えである。

この卦は、初六から六四までは、六五の位を君上として解説している。
定位では五が君主の位置であることから、そうしているのである。
しかし今、五の爻を観ると、君上とは言いにくいのである。
そもそも坤の卦は、純陰なのだから、全体が臣下の卦徳なのである。
したがって、六五も直ちに君上とはせず、臣下の高位厚爵の重職にある大臣とするのが適切である。
しかも、柔中の徳を具えているので、大臣にして忠信篤く、臣節固く、よく国家を輔弼して、臣たる道を守る者である。
だから、黄裳元吉、という。
もしもこの位に臨み、この時に遇い、この黄裳の忠信の道を守るならば大善の吉である。
しかし、臣下としての分を弁えず、忠信ならざるときは、大悪の凶である。
『春秋左氏伝』昭公十二年には、この卦この爻を得て、この黄裳の忠信の義を守らなかったために、身も家も敗走してしまった、という故事がある。
もとよりこの卦は純陰にして、陰の勢いが盛大である。
そこで、六五の爻は君位に当たるので、この時この位に当たる人の、その威福権勢に乗じて臣下たる道を失い、或いは君家を蔑視することを深く惧れ憂い、黄裳なるときは元吉、ならざるときは大凶だ、と諭すのである。


上六━ ━○
六五━ ━
六四━ ━
六三━ ━
六二━ ━
初六━ ━

上六、竜于野戦、其血玄黄、

上六(じょうりく)、竜(りょう)野(や)に戦(たたか)う、其(そ)の血(ち)玄黄(げんこう)なり、

竜野に戦うとは、二つの竜が野に戦うことである。
もとより竜は陽の属であり、野は陰の属である。
戦うとは、陰陽が敵対して闘い迫り撃つことである。
其の血とは、戦いで流す血であって、その傷害の甚だしい様子を示す。
玄黄とは、天地の色にして、陰陽の両方が傷害を被ることを示す。

この卦は純陰にして、この上爻はこれまた卦の極に居る。
これは、陰の勢いが盛大至極な者である。
初六の爻にて霜を履む時から進んで、この上六のときは、要するに堅き氷に至ったときである。
陰の勢いが盛大に至れば、必ず陽を剥し尽くそうとし、臣の勢い壮ん至れば必ず君を凌ぎ侵そうとするものである。
妻の夫に於けるも同様である。
すでに剥し尽くそうとし、凌ぎ侵そうとするに至るときには、その勢いは必ず戦いになるものである。
すでに戦いに至れば、盛大であっても、所詮は陰であり臣下である。
相手は衰微したとしても陽であり君上である。
とすれば、簡単には決着が付かない。
したがって陰陽君臣双方が傷害を被るのである。


上六━ ━○
六五━ ━○
六四━ ━○
六三━ ━○
六二━ ━○
初六━ ━○

用六、利永貞、

用六(ようりく)、永(なが)く貞(つね)あるに利(よ)ろし、

用六とは、本筮法や中筮法で占い得たとき、すべての爻が老陰すなわち爻卦が坤のときをいう。
なお、略筮法で占うときには、この用六の爻辞は使う機会がない。

この坤為地は純陰にして全体の意は、臣の道、妻の道である。
もとより臣と妻とは柔順純誠にして、君や夫に対して順徳を固く守り、その志を変じ革めることが無いのを第一の徳とする。
しかし今ねこの用六のときは、全卦六爻が悉く変じ動こうとする。
したがって、その志が変わることを恐れるのである。
だから、深く戒めて、永く貞あるに利ろし、という。
この貞は、貞常(つね)という意である。
恒常のこととして、永く、陰の道、臣の道、妻の道を固く守り、不変であれば、それが大善であって、少しでも変動することは大凶悪の道だと、警戒しているのである。

ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
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なお易は、中国や日本だけではなく、遠くユダヤやローマにも多大な影響を及ぼしました。
聖書と易経を比較すれば容易にわかることなのですが、キリスト教は易の理論を巧みに利用して作られた宗教だったのです。
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坤為地

02 坤為地(こんいち)
konichi.gif坤 坤下坤上(こんか こんじょう)

八卦のkonchi-n.gif坤(こん)を重ねた形だから、坤と言う。

坤とは、従順、おとなしい、といった意味。
六本すべてが陰なので純陰であり、陰は、その性は柔、その徳は従順、その体は方正、その用は厚く載せるであり、退き止まり承け順う徳がある。
従って、その陰の特質をもって坤と名付けられた。

卦辞
坤、元亨、利牝馬之貞
坤は、元(おおい)に亨(とお)る、牝馬(ひんば)の貞(ただし)きに利(よろ)し、

元いに亨るとは、大いに通じる=目的を達成できる、ということであって、その義は乾の卦辞と同じである。
しかし乾のときの元亨は、剛健だからこそであって、この坤の場合は、従順であってこそ、元いに亨るのだ。
牝馬というのは、メスすなわち陰の馬のことである。
そもそも馬は、従順にして、よく人に馴れ従うが、牝馬ならその性質はなおさらである。
だから牝馬のように、従順に、臣や妻のように、君や夫に、貞正に従うのが利ろしい、と言う。

君子、有攸往、先迷、後得主、安貞吉
君子(くんし)往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)れば、先(さき)には迷(まよ)い、後(おく)れれば主(しゅ)を得(え)る、

君子とは、下の者の上に立つ人物を指す言葉だが、この卦においては臣や妻など、同時に上に従うことも大事にしなければいけない立場の者を指す。
会社で言えば中間管理職といったところだろうか。
陽は陰に先立ち、陰は陽につき従うものである。
もし、陰なる者が、陽より先に出て何かをやろうとすれば、道に迷い失敗する。
それが、君子往く攸有れば、先には迷い、ということである。

したがって、よき陽の先導者を見つけ、その後ろに従ってついて行くのがよい。
これが、後れれば主を得る、ということである。

そして、これこそが陰徳として貞(つね)に大事にするべきことであり、そのスタンスに安んじていれば、何事も無事に進み、吉なのだ。
だから、安貞吉と卦辞は締めくくられるのだ。


彖伝(原文と書き下しのみ)
至哉坤元、万物資生、乃順承天、
至(いた)れる哉(かな)坤(こん)の元(げん)は、万物(ばんぶつ)資(と)りて生(しょう)ず、乃(すなわ)ち天(てん)に順承(じゅんしょう)す、

地厚載物、徳合无疆、
地(ち)は厚(あつ)くして物(もの)を載(の)す、徳(とく)无疆(むきゅう)に合(ごう)す、

含弘光大、品物咸亨、
含弘(がんこう)光大(こうだい)にして、品物(ひんぶつ)咸(ことごと)く亨(とお)る、

牝馬地類、行地无疆、柔順利貞、
牝馬(ひんば)は地(ち)の類(たぐい)なり、地(ち)を行(ゆ)くこと疆(かぎり)无(な)し、柔順(じゅうじゅん)にして貞(ただ)しきに利(よ)ろし、

君子攸行、先迷失道、後順得常、
君子(くんし)行(ゆ)く攸(ところ)あるときは、先(さき)だてば迷(まよ)うて道(みち)を失(うしな)い、後(おく)るれば順(じゅん)にして常(つね)を得(え)る、

西南得朋、乃与類行、東北喪朋、乃終有慶、
西南(せいなん)に朋(とも)を得(え)るとは、乃(すなわ)ち類(るい)と与(くみ)して行(おこ)なうにして、東北(とうほく)に朋(とも)を喪(うしな)うとは、乃(すなわ)ち終(おわ)りに慶(よろこ)び有(あ)るなり、

安貞之吉、応地无疆、
貞(つね)に安(やす)んずるの吉(きち)なりとは、地(ち)の无疆(むきゅう)に応(おう)ずるなり、


象伝(原文と書き下しのみ)
地勢、坤、君子以厚徳載物、
地勢(ちせい)は、坤(こん)なり、君子(くんし)以(も)って徳(とく)を厚(あつ)くして物(もの)を載(の)す、


ここに書いているのは、江戸後期の名著、眞勢中州の『周易釈故』より抜粋し、現代語で意訳したものです。
漢字は原則として新字体で表記しています。
易の初歩的なことについては、
私のサイトの易学入門ページをご覧ください。
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☆ 旧約聖書~天地創造との一致 ☆

ところで、キリスト教の『旧約聖書』冒頭には、神が六日間でこの世界を造った、という神話がありますが、この場面での神の行動は、六十四卦の序次の順と同じなのです。
第一日目は、序次最後の64火水未済と、序次冒頭の01乾為天、02坤為地、03水雷屯、04山水蒙の計5卦の意味するところと一致します。
第二日目は、続く05水天需、06天水訟、
第三日目は、続く07地水師、08水地比、
第四日目は、続く09風天小畜、10天沢履、
第五日目は、続く11地天泰、12天地否、
第六日目は、続く13天火同人、14火天大有、
の意味するところと一致します。

これは単なる偶然の一致でしょうか?
あるいは、易はすべてを見通していて、どんなことでも易経の卦辞や爻辞のとおりに動くからでしょうか?
いや、そんなことはありません。
だから、未来を知るためには、筮竹で占うことが必要なのです。
では、このキリスト教との一致はどういうことなのでしょうか?
それは、『聖書』の物語が、易の理論を利用して作られたものだったからに他なりません。
・・・と、これだけを取り上げて言っても、説得力は弱いでしょう。
しかし『聖書』に書かれた物語は、ほかにもいろんなことが易の理論と共通していて、それらは六十四卦の序次によって幾何学的に繋がっているのです。
易を知らなければ、神学者や聖書研究者がいくら頑張っても、まったくわからないことでしょう。
しかし、易を少しでも知っていれば、誰でも容易にわかることなのです。
詳細は拙著『聖書と易学-キリスト教二千年の封印を解く』についてのページをご覧ください。
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
(2005/04)
水上 薫

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ちなみに表紙の右下のほうに白線で示しているのは、08水地比の卦象です。
キリスト教のシンボル十字架と中心教義の「愛」は、08水地比の卦象がもらたす意味と一致しているのです。

(C) 学易有丘会


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