明日に架ける橋

易のこと、音楽のこと、クルマのこと、その時どきの話題など、まぁ、気が向くままに書いています。

シュガーベイビーラヴ

たまには音楽の話でも・・・。

この夏は暑かった。
その暑さを避けるため、昼間、時間があるときは、カラオケ屋によく行った。
私がよく歌うのは、まぁ古い曲が大半なわけで、
でも、なるべく老いも若きもが知ってる曲を歌うように心がけている。
そんな中で、行くとほぼ必ず歌うのが、
以前にも日記に書いたサイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」だ。
この曲は、昔から好きななので、このブログのタイトルにも使わせてもらった。
しかし、バラード系ばかり歌っているわけではない。
「明日に架ける橋」は、だいたい最後のほうで歌う。
そういう雰囲気の曲だしね。
では、最初は何を歌うのか、というと、
ザ・ルベッツの「シュガーベイビーラヴ」だ。
「明日に架ける橋」よりは新しいが、それでもやはり古い曲だ。
しかし、CMやドラマの中で使われたり、アニメのテーマソングにもなっていたりするので、
ルベッツというバンドの名は知らなくても、歌い出せば、ああ、あれか、といったカンジで思い出してくれる。

ラーハー トゥビララー トゥビララーアー・・・、という甲高い裏声が印象的な曲だ。

実は、私は裏声を出すのが好きなのだ。
で、この曲は、私の限界ギリギリの高さ(音名で言えばG)の裏声を使う。
それが、心地よいのだ。
その限界一杯の裏声がキレイに出ると、その日一日気分がよいのだ。
そして、この曲はまた、占い師が歌うに相応しい面もある。
途中にセリフが入るのだが、そのセリフがとてもよいのだ。

People Take my advice.If you love someone. Don't think twice.

訳すと、
「みんな!アドバイスをしよう、もし君が誰かを好きになったら、とにかく、くよくよしないことだよ」
ということだ。

この曲は、
若く初々しい恋は、素直に自分の思いを相手に伝えられなくて、みんな躓いたり落ち込んだりする、
といったことを歌っている。
そんな中での、このセリフなわけだが、
悩みのアドバイスとして、私がよく言うのも、やはり「くよくよしないように」ということなのだ(^^;
そんなことからも、この歌が気に入っている。

そもそも人生なんて、何をするにも、思ったとおりにやってみれば、よいのだ。
くよくよして、ナーバスになってしまえば、上手く行くものも上手く行かない。
ダメ元で当たって砕ける。
それが大事。

ということで、ルベッツのシュガーベイビーラヴを、お聞きください。



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ラ・クカラーチャ

今日は、易とは関係ない、音楽の話をする。

多くの人は、小学校か中学校の音楽の時間に、
メキシコ民謡の「ラ・クカラーチャ」というのを歌ったことがあると思う。

荷馬車に揺られて農作業に向かう長閑な風景の、
牧歌的な日本語の詞がついていた。

ところが、あるときこの歌の原語の歌詞を知って驚いた。
この日本語詞とはまったく異なる内容なのだ。

La cucaracha

Una cosa me da risa
Pancho Villa sin camisa
Ya se van los Carrancista
Porque vienen los Villista
Para sarapes, Saltillo
Chihua, para soldados
Para mujeres, Jalisco
Para amar toditos Lados

La cucaracha, la cucaracha
Ya no puede caminar
Porque no tiene, porque le falta
Marihuana que fumar

タイトルの「La cucaracha」ラ・クカラーチャはゴキブリのこと。
英語でゴキブリはコックローチというが、
それがスペイン語だとクカラーチャとなるのだ。

ゴキブリがタイトルなだけでもビックリだが、
さらに原語詞を見ると、
サビの終りに、Marihuana=マリファナという言葉もある。
言うまでもなく、日本では御禁制の大麻のことだ。

なんだこの歌は〜!!
興味津々、是非ともちゃんとした意味が知りたくなった。
なんとか全文を訳したい。
しかし、スペイン語はまったくわからず、途方にくれていた。
そんなある日、 ひょんなことからスペイン語ができる人と知り合った。
早速、訳してもらえないかとお願いしたら、快く引き受けてくれた。
その訳を手がかりに、 歌の背景となっているメキシコ革命を調べ、
ついに、歌詞の翻訳が完成した。

この歌は、 メキシコ革命のときの、
パンチョビリャという人が率いる革命軍の様子を、 歌ったものだった。

まずは、
メキシコ革命とパンチョビリャについて、簡単に紹介しておく。

パンチョ・ビリャはインディオ系の小作農の生まれで、
幼少の頃に父を亡くし、16歳で山賊になり、
首領のフランシスコ・ビリャが警察との銃撃戦で亡くなると、
その名を名乗り、やがて革命軍に入る。
この頃のメキシコでは、あちらこちらで革命の機運が高まり、
カランサという人も頭角を現してくる。
ビリャとカランサは、最初一緒に戦っていたが、
政府軍に勝利すると、考え方の違いから対立した。
豪農出身カランサの農地解放を渋る態度に民衆は反発し、
貧農出身ビリャ派が多数となる。
そこで、ビリャ派の攻撃を怖れたカランサ派は、
首都メキシコ市から逃亡。
ビリャ派が首都に入る。
しかし何もせず、すぐにビリャ派は出て行く。
思うに、ビリャは山賊なんかをやっていたわけだから、
武力には長けていたとしても、
確固たる政権に対するビジョンがなく、
どうしてよいかわからなかったのだろう。

カランサ派は、難なく首都に戻り、
次いでビリャ派討伐に向かう。
その後、いろいろあって、農地解放を織り込んだ憲法が作られ、
農地解放を最後まで拒んだカランサは失脚し、
内戦も終結する。

なお、メキシコ革命についての詳細は、ウィキペディアで↓どうぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E9%9D%A9%E5%91%BD

パンチョ・ビリャについては、コチラ↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%A3


で、この歌は、
どうやらメキシコ市にビリャ一派が入ってきたときのことを、
歌ったようだ。

「La cucaracha」ゴキブリ

Una cosa me da risa
私を笑わせたことのひとつは

Pancho Villa sin camisa
素っ裸のパンチョ・ビリャ

Ya se van los Carrancista 
カランサ派のヤツラはもう行っちゃった

Porque vienen los Villista
だってビリャの連中が来たんだもん

  ※
  裸のパンチョビリャというのは、
  カランサが出て行き、容易に首都を手に入れたのに、
  何もできないのを、
  兵士たちが自戒を込めて嘲笑っている・・・のかな?

Para sarapes,Saltillo
サラペス=ポンチョを買うならサルティジョ

Chihua, para soldados
兵士を雇うならチワワ

Para mujeres,Jalisco
女を買うならハリスコ

Para amar toditos Lados
愛し合うなら・・・どこでもいいじゃん

  ※
  この部分は、政治的なことに興味のない兵士たちの呑気さを、
  歌ってるのかな?
  ちなみにチワワというのはメキシコのチワワ州のことで、
  パンチョビリャ一派はチワワ州出身。
  犬のチワワは、このチワワ州原産。
  ハリスコはメキシコの大都市の名

La cucaracha,la cucaracha
ゴキブリ ゴキブリ
Ya no puede caminar
もう歩けないよ〜
Porque le falta,porque le falta
だって足りないんだもん、足りないんだもん
Marihuana que fumar
マリファナの煙りが・・・

  ※
  せっかく首都に入ったのに なにもできずにまた移動かよ〜
  しかし俺達、
  なんだかゴキブリがゾロゾロ移動する様子に似ているね。
  もう疲れて歩けねーよ
  そんなに歩かせるのなら 足りないよ 足りないよ
  マリファナが足りないよ

メキシコのインディオたちにとっては、
マリファナは日常的なもの。
アルコール文化圏のお酒みたいなもの。
マリファナ以外にも、
コカの葉(コカインの原料)を吸ったり、
幻覚キノコのペヨーテ(メスカリンの原料)を食べたりしていた。
あ、タバコもそうですね。

現在は幻覚薬に否定的な諸国との関係で、
禁止されている可能性もあるが、詳細は知らない。
かつてGSが流行ってた頃、サイケデリックという言葉とともに、
メキシコに幻覚薬を楽しみに行く人たちも少なくなかったとか。

小中学生に、この原詞の意味を教えたら、どう思うのだろうか?
マリファナ解禁!と、高らかに叫ぶのかな?


とにかく、日本では、外国の歌や物語を、
ご都合主義でメチャクチャに教えていることが、往々にしてあるようだ。
些細なことに疑問を持って調べてみると、
いかにデタラメを教わってきたのかがわかり、暗澹たる気持ちになる。

今、私たちは、そのデタラメに培われた価値観で生きている。
果たしてそれでよいのだろうか?

これまで私たちが教わってきたデタラメな認識を、
きちんと正さないといけないのではないか?

そもそも私が、このような教育のご都合主義のデタラメに気づいたのは、
キリスト教に関することである。
そのキリスト教についてのデタラメなご都合主義を正そうと書いたのが、
聖書と易学―キリスト教二千年の封印を解く
である。
簡単に言うと、イエスは架空の人物、聖書の作者は中国の易学者だった、
ということである。
これまでの教育に培われた先入観からすれば、信じられないことかもしれない。
しかし、読んで頂ければ、納得できるはずである。
詳細については、私のサイトの
聖書と易学ページをご覧ください。

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明日に架ける橋

今日からブログを書くことにした。
タイトルをどうするか考えた。
いろいろ候補は浮かんだが、結局、好きな曲から取ることにした。
サイモンとガーファンクルが歌った「明日に架ける橋」
オールディーズの名曲だから、
なんとなくなら、知っている人も多いだろうと思う。

私自身、カラオケや弾き語りで、ときどき歌うのだが、
易者としての自分が、
一番大事にしなければいけないことを歌ってるように思え、
好きなのだ。

辛いとき 悩んでいるとき
明日に架ける橋のように いつもそばにいて 癒してあげるよ

そんな内容の歌だ。



とにかく、これから、いろんなとこを書いて行くつもりなので、
よろしくお願いします。







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