花まつり
今日、4月8日は、花まつり。
難しく言うと、灌仏会(かんぶつえ)。
お釈迦さまの誕生日だ。
お寺では、花で飾った櫓の中に仏像を安置し、甘茶をかけて祝う。
もちろんその甘茶を飲みながらお菓子を食べたりして、お祭り気分の一日だ。
詳しくはwikiを参照してください。
しかし、なぜ、マスメディアでは、花まつりをイベントとして盛り上げようとはしないのだろう?
そういう日本の昔からの風習は、むしろ無視しようとしているかのようである。
聞くとろこによると、戦後、マッカーサーにより、
日本の文化や伝統行事は、アメリカの占領政策にとって都合が悪いからと、
メディアに圧力がかかったのだそうだ。
そういう日本の行事を話題にする代わりに、キリスト教の行事を話題にせよ、
とのお達しだったらしい。
その当時は、厳しい検閲があった。
お寺や神社の行事を楽しむ人々の記事は、検閲を通らないばかりか、
そういう記事を持って、GHQへ検閲通過のハンコを貰いに行くと、
代わりにキリスト教の行事を楽しむ人々の記事に差し替えることを、
要求されるばかりだったとか。
そして、
キリスト教とそれに関連する行事を歓迎する記事を積極的に書く出版社は、
GHQからも歓迎され、いろいろと優遇されたらしい。
だから、「クリスマス」は知っていても「花まつり」は知らない、
という人々が多くなったのだろう。
要するにアメリカのご都合主義に踊らされているのが、今の日本なのだ。
多くの人は、長いものには巻かれろ、ということで、
そのご都合主義の中で、黙って従っている。
が、反骨精神旺盛な(?)私は、どうしても憤りを覚えてしまう。
その憤りの中で、平成17年にまとめたのが、拙著『聖書と易学』である。
4月8日は、この本を発売した記念日でもある(^^;
世間には、キリスト教徒の立場で書いた聖書関係の本は、山ほどあり、
タイトルからすれば、そんな中の一冊と思われるかもしれない。
しかし、それは断じて違う。
むしろキリスト教徒が絶望し、非キリスト教徒が歓喜する話だ。
簡単に言うと、
今に伝わる聖書なる書物は、ローマ帝国の政治的策謀により、
「易」を中心とする古代中国の理論を元に編纂した書物であって、
イエス=キリストは架空の人物だった、
ということだ。
要するに、
キリスト教の神話や教義は、古代中国哲理のリメイクだったのであって、
漢字や易を知らない西洋だからこそ、恰も歴史的事実だと錯覚したに過ぎなかった、
ということなのだ。
詳細はコチラをご覧ください。
今日、4月8日は、花まつり。
難しく言うと、灌仏会(かんぶつえ)。
お釈迦さまの誕生日だ。
お寺では、花で飾った櫓の中に仏像を安置し、甘茶をかけて祝う。
もちろんその甘茶を飲みながらお菓子を食べたりして、お祭り気分の一日だ。
詳しくはwikiを参照してください。
しかし、なぜ、マスメディアでは、花まつりをイベントとして盛り上げようとはしないのだろう?
そういう日本の昔からの風習は、むしろ無視しようとしているかのようである。
聞くとろこによると、戦後、マッカーサーにより、
日本の文化や伝統行事は、アメリカの占領政策にとって都合が悪いからと、
メディアに圧力がかかったのだそうだ。
そういう日本の行事を話題にする代わりに、キリスト教の行事を話題にせよ、
とのお達しだったらしい。
その当時は、厳しい検閲があった。
お寺や神社の行事を楽しむ人々の記事は、検閲を通らないばかりか、
そういう記事を持って、GHQへ検閲通過のハンコを貰いに行くと、
代わりにキリスト教の行事を楽しむ人々の記事に差し替えることを、
要求されるばかりだったとか。
そして、
キリスト教とそれに関連する行事を歓迎する記事を積極的に書く出版社は、
GHQからも歓迎され、いろいろと優遇されたらしい。
だから、「クリスマス」は知っていても「花まつり」は知らない、
という人々が多くなったのだろう。
要するにアメリカのご都合主義に踊らされているのが、今の日本なのだ。
多くの人は、長いものには巻かれろ、ということで、
そのご都合主義の中で、黙って従っている。
が、反骨精神旺盛な(?)私は、どうしても憤りを覚えてしまう。
その憤りの中で、平成17年にまとめたのが、拙著『聖書と易学』である。
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4月8日は、この本を発売した記念日でもある(^^;
世間には、キリスト教徒の立場で書いた聖書関係の本は、山ほどあり、
タイトルからすれば、そんな中の一冊と思われるかもしれない。
しかし、それは断じて違う。
むしろキリスト教徒が絶望し、非キリスト教徒が歓喜する話だ。
簡単に言うと、
今に伝わる聖書なる書物は、ローマ帝国の政治的策謀により、
「易」を中心とする古代中国の理論を元に編纂した書物であって、
イエス=キリストは架空の人物だった、
ということだ。
要するに、
キリスト教の神話や教義は、古代中国哲理のリメイクだったのであって、
漢字や易を知らない西洋だからこそ、恰も歴史的事実だと錯覚したに過ぎなかった、
ということなのだ。
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